第12話:“〜させていただく”の謙譲と過剰 | 文法と気持ちの微差

“〜させていただく”の謙譲と過剰 | 文法と気持ちの微差

「〜させていただく」という表現は、日本語を学ぶ人にとっても、日本語を母語とする人にとっても、少しばかり扱いにくい言い回しです。日常生活でごく自然に使われている一方で、その意味合いや使いどころには微妙な「気持ちの配慮はいりょ」が含まれています。

このフレーズには、単なる文法的な「謙譲」だけでなく、「相手の許可を前提とした行為である」という心理的なニュアンスが込められています。逆に言えば、それを使うことで「自分の行動が誰かの了承を得ている」というポーズを取ることにもなりかねません。

本稿では、この「〜させていただく」の使い方が、なぜ難しいのか。その背景にある日本語の敬語けいご感覚と、“過剰”と感じられる場面との境界について探っていきます。

「させていただく」の基本構造

「〜させていただく」は、動詞の使役形しえきけい補助動詞ほじょどうし「いただく」がついた表現です。基本的には、自分が行動する際に、相手の許可や恩恵を受けてその行動をする、という意味になります。

たとえば「ご説明させていただきます」は、「説明する」という行為に対して、「あなたの許可を得て、それを行わせてもらいます」という形になります。これは謙譲語けんじょうごの一種であり、丁寧ていねいさや相手への敬意けいいを表すために用いられます。

適切な使用例と“違和感”が生じるケース

この表現は、接客業せっきゃくぎょうやビジネスの現場では日常的に使われています。「お荷物をお預かりさせていただきます」「本日ご案内させていただきます」などが代表的です。

しかし一方で、「昼食を取らせていただきます」や「休憩させていただきます」といった表現には、違和感を覚える人も少なくありません。なぜなら、これらの行動は本来「他人の許可を必要としない」ものであり、あえて「いただく」をつけると“へりくだりすぎ”の印象や、かえって自己正当化じこせいとうかのように聞こえることがあるからです。

なぜ「過剰」に聞こえるのか?

「〜させていただく」という言い方は、ときに“丁寧ていねいすぎて白々しい”と感じられることがあります。特に、実際には相手の許可を得ていない、あるいは許可が不要な行為にまでこの表現を使うと、「そう言っておけば無難」という形式的けいしきてきな処理に見えるのです。

その背景には、日本語における「へりくだること=礼儀正しされいぎただしさ」という価値観かちかんがあります。けれども、それが度を超えると、かえって相手との距離を生んだり、誤解ごかいを招いたりもします。

使い方の“さじ加減”と、気持ちの調整

大切なのは、相手や場面に応じた“気持ちの調整”です。たとえば目上の人やお客様に対して「〜させていただく」と使うのは自然ですが、日常の会話や同僚どうしでは、もう少し柔らかい言い回し(例:「ご説明します」「お伝えします」)の方が、かえって心地よく感じられることもあります。

敬語けいごけいごは、言葉の選び方で「心の温度」を伝える道具でもあります。言い回しだけでなく、その背景にある配慮はいりょはいりょや意図を大切にすることが、自然で好感の持てる敬語けいごけいご使いにつながるでしょう。

結びに:言葉の配慮はいりょは“共感”から始まる

「〜させていただく」は、たしかに便利で丁寧ていねいていねいな表現です。しかしそれを機械的に使うのではなく、相手との距離感きょりかんきょりかんや、文脈ぶんみゃくぶんみゃくの温度に合わせて選ぶことが、言葉のほんとうの意味を伝えることにつながります。

敬語けいごけいごとは「気を使うこと」ではなく、「気を配ること」。その違いに気づくと、日本語の奥ゆかしさが、少しだけやさしく見えてくるのです。